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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)4号 判決 1988年4月27日

原告 松原正明こと何瑞煥

被告 法務大臣

代理人 山田二郎 村松日出男 武井豊 中沢康裕 ほか二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五八年九月二二日付けでした原告の帰化申請に対する不許可処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の本案前の申立て

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  行政処分

原告は、昭和五七年七月一二日東京法務局を通じて被告に対し帰化の許可の申請をしたが、被告は、昭和五八年九月二二日付けで原告の右申請を不許可とする決定(以下「本件不許可決定」という。)をし、右決定は同年一〇月一九日原告に通知された。

2  本件不許可決定の違法性

原告は左記の地位、経歴を有するもので、国籍法(昭和五九年法律第五四号による改正前のもの。以下同様である。)四条各号の要件をいずれも具備し、帰化条件に該当する者であるから、本件不許可決定は、被告がその裁量権を逸脱又は濫用したもので違法である。

(一) 原告は、昭和四八年九月一八日に来日し、現在まで一〇年間以上日本に居住している。

(二) 原告は、大正一二年一二月五日に中国人として出生し、二〇歳以上で本国法によつて能力を有するものである。

(三) 原告は、我が国において法律違反行為を行つておらず、昭和五七年九月一八日までの九年間大井電気株式会社において海外開発部長として勤務し、そのかたわら昭和五五年八月四日食肉加工を目的とする資本金五〇〇〇万円の松原企業株式会社を設立し、本件の帰化の許可申請当時開業準備中であり、その後昭和五七年九月一九日松原企業株式会社代表取締役に就任して、現在に至つており、日本語の理解力は充分で、在日中の生活態度も勤勉かつ真面目であり、性格的にも能力的にもすぐれた資質を有し、日本社会において充分貢献できる人材というべきである。

(四) 原告は、個人財産として一億円以上の資産を日本に有し、そのうち少なくとも合計三九六〇万円余に及ぶ銀行預金があり、松原企業株式会社から給与として毎月六〇万円を受領している。

(五) 原告は、日本に帰化するため、昭和五一年七月中華民国の国籍喪失の許可を得ている。

(六) 原告は、政府を暴力で破壊しようと企て又はそのような政党に加入したことがない。

3  よつて、原告は、被告に対し本件不許可決定の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

本件決定は、行政事件訴訟法三条二項にいう「処分」に該当しないから、本件訴訟は不適法なものとして却下されるべきである。

すなわち、帰化とは、国家という一つの共同体が本来その共同体に属さない個人を新たに共同体の成員として認めることであり、国籍付与の条件、申請の方式、帰化許可の効果についてはもちろん、要件、方式が一応具備されている場合に許可を与えるか否かについても、当該国家が自由に決定することができるとしているのが一般である。そして、日本の国籍法上も、同法四ないし七条で帰化の条件を規定しているが、右法定条件を充たしている場合でも、帰化の許否は法務大臣の自由裁量に属するものである。このことは、国籍は、国家の主権者の範囲を確定し、国家の属人的統治権の範囲を限定する高度の政治的事項であつて、憲法、国籍法上の各規定によれば、何人に対しても国籍を自由に処分する権利を保障していないのであり、国籍法を個人の権利として観念することはできないことからも明らかである。したがつて、帰化申請に対する不許可決定が国民の権利利益の救済を目的とする行政不服審査の対象になつていないこと(行政不服審査法四条一項一〇号)からも明らかなように、その当然の帰結として、我国籍法は、外国人に対し帰化許可請求権、国籍付与請求権といつた類の帰化を求めるについての法的地位を保障していないのである。

仮に、帰化不許可決定が「処分」(行政事件訴訟法三条二項)に当たるとした場合、帰化不許可の決定が「社会通念に照らして著しく妥当性を欠く」か否かを判断する権限を裁判所が有し、そのように判断する場合には、許可をすべきことを命じ得ることに帰着せざるを得ないが、そうすると、被告が帰化の許否に際し考慮すべき事情である国際情勢、外交関係、申請者が「日本国の利益に合致するか」(出入国管理及び難民認定法二二条二項)、「日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認める相当の理由があるかどうか」(同法五条一項一四号)等を裁判所が考慮しなければならず、このような事項をも被告に代わり裁判所が判断することは、三権分立の原理に抵触する。

したがつて、帰化申請者に対し国籍付与請求権が付与されていない以上、帰化が許可されなくとも、従来の申請者の権利、義務及び法的利益に何ら変更はないので、行政事件訴訟法により保護されるべき利益の侵害はないというべきであるから、行政事件訴訟法三条二項にいう「処分」には該当しないものというべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

被告の本案前の主張は争う。

国籍法三条一項は、外国人が自己の意思に基づいて日本国籍を取得することができる旨を定め、同条二項で法務大臣の許可を要件としており、同法一一条及び同法施行規則(昭和二五年六月二二日法務府令第六九号)一条の文言上も「申請」なる語を用いていることから明らかなように、日本国籍を取得することを欲する外国人は、法務大臣に帰化の許可を求めて申請することができる手続上の申請権を有すると解すべきであり、法務大臣には申請に対して応ずる義務がある。このように、申請者が所定の手続きに従つて申請につき処分を求めることができる場合は、申請者は処分が適法になされることにつき権利ないし法律上の利益を有するというべきである。

さらに、実質的に帰化が許可されるか否かは、帰化しようとする者の公法上及び私法上の権利、義務に重大な影響を与えるものであるから、本件不許可決定によつて、手続的な申請権のみならず、具体的な権利ないし法的利益の侵害があつたものというべきである。

また、現代は、国家間の交流が極めて盛んであり、我が国も島国としての閉鎖された社会から国際的に解放された社会に変化しているから、帰化の問題についても、国家の専権的事項であり、帰化の許可は恩恵であるという考え方から、個人の実際上の必要から来る帰化意思を尊重する方向に向かわせなければならない。憲法も国籍離脱の自由を規定し、国家から離脱する個人の精神の独立に究極の価値を置いており、国際社会においても、国籍決定に関する国家の権利という考え方から、人間のもつ国籍を持つ権利(世界人権宣言一五条、市民的及び政治的権利に関する国際規約二四条三項)、自由意思による国籍取得、保持、離脱の考え方が受けいれられている。この趣旨は、日本国の国籍取得の次元にも及ぶもので、日本国に所属したいと希望する自由意思を中心にして、被告の裁量権は制限を受けるといわざるを得ず、帰化申請に対して許可を付与するか否かは、法務大臣の完全な自由裁量ではなく、一定の制限が課されたものであり、裁量権を逸脱又は濫用した場合は、司法審査の対象となる(行政事件訴訟法三〇条)と解すべきである。

被告が帰化許可の判断事項として主張する出入国管理及び難民認定法の規定は、外国人が日本国の領土内に出入在留する際の法であつて、帰化の問題とは次元を異にするものであるし、帰化の許可が取消訴訟の対象になるとしても、裁判所の権限は帰化不許可決定を取り消すことにとどまり、帰化の許可を命じることまでは含まない(行政事件訴訟法三条二項)から、何ら三権分立に反するものではない。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実中、原告が昭和四八年九月一八日に来日したことは認め、その余は知らない。

(二)  同2(二)の事実は知らない。

(三)  同2(三)の事実は知らない。

(四)  同2(四)の事実は知らない。

(五)  同2(五)の事実中、中華民国六六年(昭和五二年)七月付け中華民国内政部長名義の内政部国籍許可証書が発給されていることは認め、その余は知らない。

(六)  同2(六)の事実は知らない。

五  被告の主張

帰化申請の許可の許否に関する決定は、当該国家が自由に決しうるもので、法務大臣の自由裁量に属するものであり、裁量権の逸脱又は濫用がない限り違法にはならないものである。そして、裁量権についての違法事由の主張、立証責任は原告にあると解されているところ、原告の主張する事実をもつて、裁量権の逸脱又は濫用があるとは到底認められない。

なお、原告は、昭和四八年九月一八日、出入国管理及び難民認定法四条一項五号(本邦で貿易に従事し、又は事業若しくは投資の活動を行おうとする者)の資格で、三年の在留期間が認められて入国し、その後、昭和五八年一月一九日在留期間を六か月に短縮して在留が許可され、その後二回、六か月の在留期間(昭和五九年三月一八日まで)が更新されており、更に昭和五九年二月一六日原告から在留期間更新許可の申請が出されたが、在留資格を同法四条一項一六号、同法施行規則第二条三号(特に法務大臣が在留を認める者)に変更して一年の在留期間が認められ、この在留期間を更新して今日に至つている。被告は、本件不許可決定にあたり、原告に対して「原告の生活状況に疑問がもたれ、その生活状況を観察する必要があるため」という通知を行つたが、被告が調査した結果、原告は「素行が善良である」(国籍法四条三号)等とは認められなかつたので、本件決定を行つたものである。

六  被告の主張に対する原告の反論

被告の主張は争う。

国籍法四条から七条の各条件を満たせば、帰化が許可されることになるのであつて、一見明白に申請者が各規定の各条件を満たしている場合に被告が帰化申請を不許可決定した場合は、裁量権を越えたと認定できるものである。

国籍法四条三号の「善良」とは、ことさらに他の者よりも優秀であるとか、我が国の国益や発展に寄与したという特別な事情を要求しているものではないことは、国籍法九条で特別功労者に対して別個の帰化要件を定めていることからも明らかである。したがつて、右要件の充足を検討するには、我が国において法律違反行為等を行つていないというように帰化許可の消極要件ととらえるべきである。これを原告についてみると、何等の違反行為も行つておらず、素行善良である点に問題はない。

無国籍者のした申請を不許可とすると、我が国が無国籍者の存在を容認することになるから、特に慎重に申請者の生活と日本との密着度を考え、国際的な視野から日本国がその責務として国籍を積極的に付与する方向で申請に応じなければならない。

第三証拠 <略>

理由

一  本件は、原告の帰化申請に対する被告の本件不許可決定の取消しを求める訴訟であるところ、被告は本件帰化不許可決定の処分性を争うので、まず、この点について判断する。

帰化は、国家という一つの共同体が本来その共同体に属さない個人を新たに共同体の成員として認め、国籍を付与することであり、我が国は、国籍法(昭和五九年法律第五四号による改正前のもの。以下同様である。)四ないし七条で帰化の条件を規定している。ところで、国籍は、国家の主権者の範囲を確定し、国家の属人的統治権の範囲を限定する高度の政治的事項であつて、これを付与するための要件、付与を求める申請の方式、付与された場合の効果等についてはもちろん、要件 方式が一応具備されている場合にこれを付与するかどうかについても、当該国家が自由に決定することができるものと解すべきであるから、法定条件が充たされている場合においても、帰化を許可するかどうかについて、被告は、広範な裁量権を有するものと解すべきである。

しかしながら、国籍付与の許否について被告が広範な裁量権を有することから、直ちにその許否が「処分」に当たらないということはできない。すなわち、まず、帰化許可決定の実体的性格についてみると、申請者に帰化が許可され国籍が付与されれば、当該申請者は日本国の国民としての地位、資格が与えられ、国民としての権利、義務を有することになるから、帰化の許否は、申請者の個人的権利義務の存否、範囲を確定し、その法律的地位について重大な変動をもたらすものということができる。また、その手続的性格についてみると、国籍法一一条及び同法施行規則一条は、明文で外国人が帰化の許可の申請をすることができる旨を規定しているが、これは、我が国に帰化することを希望する外国人を、帰化の許否について申請権を認めるという形で保護しようとする趣旨と解することができるから、帰化の許可の申請者は、その申請に対する法務大臣の応答を求める手続的権利を有するものと解すべきところ、もとより、帰化申請に対する法務大臣の応答(決定)は、法律上、その手続においても、また、その内容においても、適法なものでなければならないとされているものであることは明らかであるから、申請者は、法務大臣の適法な決定を求める権利を有するものというべく、結局、申請者は、帰化許否の決定が適法になされることについて法律上の利益を有するものと解すべきである。そうすると、このような実体的、手続的性格をもつ帰化の許否は、行政事件訴訟法三条二項にいう行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に該当するものというべきであり、申請者は、被告が手続的に違法な決定あるいは裁量権を逸脱又は濫用した決定をすることがないように、その抑制のため司法審査を求めることができるものと解すべきである(なお、被告は、帰化申請に対する不許可決定が行政不服審査の対象になつていないこと(行政不服審査法四条一項一〇号)を、処分性を否定する根拠として挙げているが、同法が帰化に関する処分を行政不服審査の対象から除外したのは、帰化の許否は、外国人に対する高度な政策的判断に基づく特殊な処分であるから、通常の行政機関が審査するのは適当ではないと考えたためであつて、行政庁の違法又は不当な公権力の行使によつて不利益を受けた国民に対して、行政庁自身による簡易迅速な手続によつて権利、利益の救済を図る制度である行政不服審査は、行政事件訴訟とその趣旨、目的を必ずしも同一にするものではないから、行政不服審査の対象とならない事項が必ず行政事件訴訟から除外されるとは限らないものというべきである。また、被告は、裁判所が帰化の許可について本案の審理、判断をすれば、三権分立の原理に抵触する旨を主張するが、裁判所の審判の対象、判断事項が、行政庁の専門的、裁量的判断事項に及べば、その方法、程度を問わず、そのことだけで直ちに三権分立原理に抵触すると解すべきものでないことは、行政事件訴訟法三〇条の規定の趣旨に照らしても、明らかである。

二  そこで、被告の行つた本件不許可決定の取消訴訟の本案について判断する。

<証拠略>によれば、被告は、原告の生活状況に疑問がもたれ、調査の結果、原告は素行が善良である等とは認められなかつたので、本件不許可決定を行つたことが認められる。ところで、帰化の許可に関する決定は、前記のとおり法務大臣が広範な裁量権を有する処分であるから、不許可決定の違法性を主張してその取消しを求める者は、処分の違法性、すなわち、法務大臣が裁量権を逸脱又は濫用して決定を行つたことを基礎づける具体的事実について主張、立証責任を負うと解すべきである。これを本件についてみるに、<証拠略>によれば、原告は大正一二年一二月五日に中国人として出生し、二〇歳以上で本国法によつて能力を有すること、原告は、昭和四八年九月一八日に来日し、昭和五七年九月一八日までの九年間大井電気株式会社において海外開発部長として勤務し、そのかたわら昭和五五年八月四日食肉加工を目的とする資本金五〇〇〇万円の松原企業株式会社を設立し、本件の帰化許可申請当時開業準備中であり、その後昭和五七年九月一九日松原企業株式会社代表取締役に就任して、現在に至つていること、原告は、個人財産として、昭和五七年七月七日の時点で、株式会社第一勧業銀行東虎ノ門支店に三〇〇〇万円の普通預金を、昭和五七年七月二六日の時点で、株式会社琉球銀行東京支店に四〇〇万〇一九三円の普通預金を、昭和五八年九月一九日時点で、同銀行上ノ蔵支店に六〇〇万一七五三円の普通預金をそれぞれ有しており、少なくとも合計三九六〇万円余に及ぶ銀行預金があること、そのほか、原告は松原企業株式会社の株式二一〇万株を所有し、松原企業株式会社から給与として毎月六〇万円を受領していること、原告は、日本に帰化するため、昭和五一年七月中華民国の国籍喪失の許可を得ていることが認められ、右認定に反する証拠はない。しかしながら、原告は、右認定事実の外に、原告の素行が善良であるにもかかわらず、被告がその裁量権を逸脱又は濫用して本件不許可決定を行つたことを基礎づける事実について、単に、我が国において法律違反行為を行つていず、日本語の理解力は充分であり、在日中の生活態度も勤勉かつ真面目であり、性格的にも能力的にもすぐれた資質を有し、日本社会において充分貢献できる人材であると主張するだけであり、仮に右主張事実が立証されても、直ちにそのことだけで被告が裁量権を逸脱又は濫用して本件処分を行つたものとは必ずしも認められないのみならず、そもそも、原告は、右主張について何ら立証を行つていないものである(原告は、昭和六二年四月二四日に一旦指定されていた原告本人尋問の証拠調期日について海外出張を理由に変更申請し、同年七月一六日、同年一一月六日にそれぞれ指定された原告本人尋問の証拠調期日においても、呼出しを受けながら台湾滞在を理由に出頭しなかつたものである。)したがつて、被告が裁量権を逸脱又は濫用し本件不許可決定を行つたとは、いまだ認めることができないものといわざるを得ない。

三  よつて、本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 山崎恒 生野孝司)

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